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交易都市ヨコハマには、いい意味でも悪い意味でも、
人や物資、情報、社会情勢までもが日夜を通じて多数行き交う。
表舞台はまだまだトウキョウだろうが、
裏社会での動静のあれやこれやとなると、
こちらの方が柔軟性があるとか勝手が利くとか外国資本も入り込みやすいとか、
それって“脇が甘い”と遠回りに言われてないか?という評価の下、
ご当地での何やかやも、結構広い範囲、ともすりゃグローバルなレベルで取り沙汰されており。
だからというのが皮肉な話で、
良からぬ企みが都市伝説ぽく囁かれていたもの、
海外からの逆輸入な噂として飛び込んで来たのがそもそもの発端。
サイバー攻撃も脅威じゃあるが、
頭上に浮かぶ人工衛星から よからぬエネルギー波が降ってきたら怖くはないか?
核の脅威が最も恐ろしく、日々どこかで起きているテロ行為も看過は出来ない。
この国じゃあ当たり前なことのよに、ぬるま湯のような日常が堪能できているの、
冗談抜きにありがたく思わにゃならないほどに、
世界はあちこちで叩き合っては膿み崩れており。
イデオロギーの下にという崇高な代物ならなまだしも、
そういった抗争へ要らぬちょっかいを出す勢力の跳梁が
話を複雑なそれへと錯綜させるのが困りもの。
近隣国家であるがため、自国を守るために必死で旗を掲げる行為をとっているだけの存在の、
その“必死”にかこつけて、よからぬ輩がホイホイされるのもこれまた厄介で。
その存在さえ日頃日中は忘れきっている人工衛星が
音もなく攻撃を仕掛けて来たらどうするね?
小惑星の衝突とかいう話じゃあないのだから、
いっとき流行ったアメリカ映画のスペクタルな設定よろしく、
地盤が抉られるような大きな凶行にまではなるまい。
だがだが、それ以上の高みはないところから例えば狙撃されるようなもので、
空に浮かぶ雲以外に遮るものがない以上、こちらは隠れようもない。
頑丈な建物の中にいればいい?
地下室にいれば何が降って来たって大丈夫?
その建物ごと粉砕されたらどうするの。
惑星の衝突ほどじゃあないが、そのくらいの規模の攻撃なら出来るよな、
そんな脅威が天空から睨みを利かせているとしたら?
「でも…人工衛星にそんな武器なんて搭載出来ましたかね。」
どんな仕様のものを打ち上げるのかは広く公開するのが原則だろう。
明文化はされてないかもだが、疚しいところはないぞと胸を張るため、
無い腹を探られないために、隅々までつまびらかに公開するのが上策で。
それに、どこの国だって躍起になって確かめる。
どんな新技術が搭載されていて、どんな応用が利くものか。
ウチの庭を勝手に覗かれちゃわないか、ミサイルの照準を合わせられたりされないかと。
「だっていうのにね。
本来あってはならぬことだが、
随分と前に、某国の軍部が秘密裏にややこしいものを搭載したらしくてね。
ただ、地上からの管制システムが不完全で、打ち上げの衝撃で莫迦になっちゃって、
軌道上に浮かんじゃいるが使えないことがすぐさまひそひそと広まって。
それでどちら様も見て見ぬふりを通してた。」
ところが、微妙に民間レベルの、
どっかの犯罪集団みたいな組織がそれを知ってしまい。
小さな実験衛星を周回軌道のタイミングに合わせて打ち上げては、
それで地道につつくっていう思い切ったやり方で、
何度目かに破線していたシステムの復旧に成功したらしいんだ。
「これは余談だが、
その起動制御に必要だったのがいつぞやのルビーだったってわけで。」
「おおう。」
「いつぞや?」
某『桜日和』3章参照ってですか?(笑)
起動のための鍵を手に入れられなかったが、そこはしぶとい連中で、
波動系の異能を片っ端から調べて、
同等の波形・波長の波動を放つ人物を見つけた。
そこで、その特殊な波動とやらを増幅させ、砲台衛星まで届けられる施設を計画したんだが、
「それをヨコハマに設けたってですか。」
「問題のルビー自体が運ばれてたのも下準備のようなものだったらしくて、
ヨコハマという土地は当初から定まっていたらしいぞ。」
誰のどんな思い入れがあるものなやら、
ともあれそんなおっかないことへのデモンストレーションを予定していて、
それさえ成功したら後は欲しい組織か国家へ売り飛ばすらしいが、
そんなことの足場にされちゃあねと、依頼人の代理人だという若い弁護士が苦笑する。
ちなみに、国連系の宇宙開発系管理団体も黙っちゃいない。
衛星ごと何かの誤射を装って葬る準備を秘密裏に進めておいでだが、
いま少し時間がかかるので、とりあえずそのプレゼンテーションを潰す手立てはないかとね。
「そういうのは“正義の味方”に頼むのが筋だろうと。」
「誰が“正義の味方”だってんですか。」
悪い奴の敵ならかろうじていますがと、福沢、乱歩の隣で太宰が苦笑し、
森の隣で中原がう〜んと腕組みしたまま唸って見せた、とある合同会議の席上。
何処の筋の使いかも曖昧、
NPOの代表という いかにも偽名だろう名刺だけを提示された存在からの依頼で、
規模として大きいのだか小さいのだか、何とも微妙な大作戦を、
ヨコハマに汚名が降らぬよう、
治安維持における二大グレーゾーンの代表が集って
手を打つ盟約を結ぶ運びとなったのが半月前のことだったという。
◇◇
嘘かホントか、そんな空想科学物語みたいな企てを、
秘密裏に阻止してほしいとの依頼を引き受けることとなって。
そんな雲をつかむような話…と半信半疑で着手したところ、
関係物資の流通や建設系求人募集の動向などから、
苦も無く具体的な施設が割り出せ、何だかやっぱり現実と地続きな話らしいと判明。
だったら大々的に壊滅させてしまえば後腐れもないかといや、そう簡単にはいかないからややこしい。
とばっちりな爆破にせよ、うっかりの失火による消失にせよ、
一体何の施設だったのかが詮索されては元も子もない。
政府への揚げ足取りは古来よりの習いで、
うまい汁につながらぬかと鵜の目鷹の目で常に注目されてもいる。
なので、水も漏らさぬ徹底な対処だと
却って鼻の利く好奇心旺盛な存在に食いつかれるため、
そういうことがないよう
あくまでも平凡な事故、
若しくは民間レベルでの諍いの結果と片づけられるような破綻を誘い、
公安がややこれは大変ですねと関係者を一網打尽にし、完全包囲して収拾させられるよう、
『畳みやすい風呂敷を広げてこいということですね。』
なんかよく判らないけどという騒ぎの陰で、機能停止まで持って行ければ重畳なんだがねと、
言うだけは只だとでも思うたか、さりげなくそこまでリクエストされた事態らしく。
『まあ、私たちは専門家じゃあないから。』
何をどうすりゃ
衛星まで届け起動の波動、あーんど、それに必要な増幅装置とやら、
機能停止に運べるかなんて全くの全然判らないので。
とりあえずスイッチに手を掛けようとしている顔ぶれを
どんな言いがかりでもいいから吹っかけて取っ捕まえましょう。
『秘密裏に活動してるんだったら、
非合法な企みだっていう自覚はあるのだろうから。』
殴り込みを仕掛けられても、まさかに公けへ訴え出は出来なかろうし、と。
至ってシンプルな案を提示し、それをさらりと遂行することした。
『依頼してきたどっかのややこしい団体の方々だって
あんまり期待はしてないだろうしね。』
私たちの実力なんて知りもしなかろうから、
何だかよく判らない騒ぎを起こして
半月でも1週間でも時間稼ぎしてほしいだけなんじゃないかなぁ、と。
乱歩さんが他人ごとみたいにくすくす笑っていたのを思い出す。
見くびられたものだが、そうなると要らぬ骨折りも業腹だ。
どこまでやっつけるかは“実行犯”に任せるよと、
“実行班”というところ、そんな風にも聞こえよう言い方をして彼らを送り出したのであり。
2つの組織にまたがっていながら、武力のみならず連携でもこれ以上はなかろう少数精鋭、
あくまでも“過去の戦績”を参考にして弾き出されたこの4人があたることとなり。
「困るんですよね。裏社会の自治を荒らされちゃあ。」
縄張り(シマ)を荒らされたんで、落とし前を付けに来ました、と。
正体への探索に協力した探偵を手引き役に立て
一番判りやすい建前を掲げて殴り込んだ…とすることにしたらしく。
潜入というより殲滅行動に近かろう、それは派手な進撃を繰り広げたのも、
特殊な訓練を積んだ工作部隊ではなく、武装組織の殴り込みの方が
民間レベルの諍いとやらで片づけられそうだったからという乱暴さで為したこと。
“現役の構成員が混じってますしねぇ♪”
ただ、単なる乱暴とか大雑把じゃあない、
そんな包装紙で包みつつ、実質は一個師団を配したような段取りなのであり。
そんな実情、当然のことながら知りようがないままに、
たった4人という頭数を舐めたらしく、
奥の院まで何の障害もないまま押し入らせた主管格だろう面々と対峙する。
「薄汚い地回り風情が偉そうに。」
こちらへ直通となっていた倉庫側には白衣の関係者が詰めていたのは、
一番の奥向き、深層部に設けられていた此処が、まさしく研究室のようなフロアだったから。
衛星への制御関与に必要なそれか、
様々な微調整用だろう、音響へのミキシング用シンセサイザーのように
これでもかという数のスイッチが居並ぶ管制用のユニットがいくつも据えられたそこは、
入り口が一つで、何かの舞台を思わせるよにフロアの床が宙へ浮いた格好になっている。
壁がないような仕様なのは侵入者が潜む物陰を失くしたためであるようで、
天井も相当な高さの吹き抜けとなっているため、
侵入するには1つしかない通路を通るしかない。
心臓部を堅守するため、不法侵入を監視しやすくするための対処だろう。
浮かぶ台座の周辺や真下といった下層部には、
それもまた必要なエネルギーを、中途で経路断絶されないよう直に貯蔵しているものか、
凄まじい放電を時折放つ変電器がゴロゴロと並べられており。
剥き身になっているので近づけばただではすむまい。
“…管制盤への影響は出ないのだろうか?”
ふと素朴な疑問を抱いたのは中原だったが、確かになぁ…。
賢すぎる人ってこういうとこあるよね、一回廻ってから気がつくというか。
「凝ってますね、単なるプレゼンのためだけの施設でしょうに。」
「運営まで考えてないからこその採算無視だとは思えないかね。」
分が悪くなりゃあ どんなに至便なアジトであれ惜しみなく捨ててゆくさ、
肝心なプランは此処に詰まっているからねと自身の頭を指差して、
「使い勝手がよかった車でも部下でも、
我が身が大事と見捨てて去るのは、あんたらマフィアの生き残り哲学でもあろうに。」
判ったようなクチを利いたのが、
どうやらこの施設と とんでも計画の首謀者らしい白衣をまとった初老の男。
渋団扇のように痩せこけた、だが、眼力だけは只者じゃないほど強いのが不気味で。
敦が本能的にうすら寒さを覚えたか、こそりと息を飲んでしまったほど。
「イマドキには衛星も特に珍しい戦略兵器じゃあない。」
狼狽える方がどうかしていると、
こちらの何とも不揃いないでたちや風情を見回し、
無学な顔ぶれと見越してだろう小馬鹿にするよに嗤う白衣の半白おじさんだったが、
「むしろコストがかかりすぎて非効率的だというんで
大々的に縮小されたんですよね。」
あまりに威力のありすぎる兵器が生まれてしまい、制御への精度も上がる一方。
とはいえ、そんなもの一回でも使えば世界が滅びるから打ち上げようがないのが実情。
莫大な維持費に悩みつつ、そんな矛盾を腹の底で転がしているより、
中距離弾道兵器をちらつかせ、地域紛争が拡大しないよう見守る方がコスパはいいと、
方針が変わったのは、えっと、まだ昭和のころじゃなかったですかねと。
太宰がすらすらと口にしたものだから、
水を差された気がしたかムッとしたよな顔になり、
「お喋りはここまでだ。」
おおう定石を踏んでこられますかと、太宰や中原が苦笑をこぼし、
芥川がようやくかと意識を冴えさせ、敦が表情を引き締める。
同じフロアには、どう見ても科学者じゃあなかろう男たちが3人ほど居合わせていて、
恐らくは異能の持ち主が用心棒のように詰めていたのだろう。
そちらへと視線を向けたと同時、
「…っ!」
ぶんっと飛んできたのはそのまま赤子くらいはありそうな鋼の塊。
ようよう見ればクレーンに使われる鉤の部分で、
工場や港湾施設の設置型クレーンに使われる特大のそれで。
危うくぶつかりそうになったのを躱したそのまま、
ひゃあと頭を押さえてしまった敦の前へ立ちはだかったのが、
「へえ、面白れぇな。触れずに操作できるのか。」
自身の頭上へ鉤を戻し、
ひょろりとした鼻ピアスの迷彩服男が歩み出たのへ。
どっちが悪者なやら、
凄艶な面差しの中、切れ長の三白眼をなお眇める凶悪な笑い方をして見せた中原で。
そうかと思えば、太刀を振りかざす暗殺者も佇んでおり、
「福沢氏は息災か?」
かつて最強剣士として名を馳せていた探偵社の社長を知っているのか、
真剣らしき和刀を手に提げた道着姿、体躯のがっしりした年齢の測りにくい男が進み出る。
それへは、丁度中也の背面にいた敦が向かい合う所存か、
すっくと立ち上がると表情を引き締める。
そして最後に、
「この季節にやけに厚着だね、あんた。」
ぱちんと指を鳴らし、その指先へ炎を灯した、
ラフなアロハシャツに七分パンツという、
夏先取りクールビズな格好の男には芥川がちらっと視線をくれてやる。
余裕綽々、そんな不敵なお相手たちだったものの、
「もっと重くしてやんよ。」
「…っ!」
その重量のせいだろか、高みから転げ落ちるように飛んできた鋼の塊を、
一縷も恐れず見据えた赤髪の青年。
背条は軽く弓なりにした見るからにいい姿勢のまま、
手套をしたままの手で指差した中也が、まずは手のひら広げて押しとどめれば。
本来の主人の指示は聞けないかびくとも動かなくなり、
「なっ。」
迷彩服男が判りやすく目を剥いてぎょっとする。
そのままぐんっと弾みをつけて、拳を振り下ろすアクションを見せれば、
鉤もぐんっと中空から振り落とされかけたものの、
それを床に叩きつけるのはギリギリで制すところが心憎い。
一方、自分では支えきれない重さになったか、
操作していたはずの迷彩服鼻ピ男の方は、
その動きと同じ反動で床へ叩きつけられている始末。
「何だ、大したことねぇのな。」
上の階層で畳んだ山ほどの作業員の皆様の方がまだ歯ごたえあったぞと、
中也が肩をすくめたその後背では、
「哈っ!」
太刀を構えて突進してきた武芸者相手に、敦が虎の異能を下ろして向き合っており。
それは素早い刀さばきで右から左からと打ち込まれ、
後ずさりをしつつ、こちらも柔軟性を生かして素早く身を躱し続けていたものの、
あまり下がれば高電圧のフロアへ落ちる。
ザクッと、長く残した一房の髪の先を削がれてしまった感触に、
ハッと目を見張ったものの、内心ではそう焦ってもおらずで。
“えっとぉ。”
中也から時々習っている体術を思い出し、
腕をかざして太刀を受け止め、ぶんと振り払って刃をへし折ると、
それで開いた相手の懐へ、真っ直ぐに拳を繰り出して せいっと一突き。
ただでさえみぞおちへ深々と決まったその上、虎の大力も乗っており、
「あ、すいませんっ、大丈夫ですかっ。」
廉直にも静謐な態度だった大人がいきなり泡を吹いて倒れたのに驚いたか、
倒れ伏す相手へ、大丈夫かと慌ててしまうのが何ともはや。
そんな敦なのへ薄く苦笑を浮かべた芥川。
過保護というより適度な見守りがまだ判らぬか、
その身をしっかりそちらへ向けてのよそ見をしているというに、
自分へと飛ばされてくる炎の塊へは黒獣の顎を的確に対処させ、
がちがちと食らわせており。
「てめぇっ!」
片手間に相手をされているのがむかつくか、
異能の炎弾の手を止めて、
ズボンの尻から掴み出した拳銃をかざし、
躊躇うことなく だがんっと放ったものの、
「…喧しい。」
不意な銃声へ おとうと弟子がびくくっと肩を縮めたため
それへムカッと来たという順番だったの、
居合わせた年上コンビがあっさり見抜いて苦笑したのは余禄だが。(笑)
ここまでの至近だ、逸れさせる方が難しいというに、
放たれた弾丸はやはり、青年が羽織る黒い外套の中へと吸い込まれ、
羽織った主には何の影響も見せない不思議よ。
自分もそんな不可思議な異能を操る身のくせに、
得体の知れないものはやはり恐ろしいものなのか。
当初はへらへらりと余裕で笑っていたものが、
どんどんと追い込まれて青くなってたアロハの青年。
その身をまんま斜に構えていた黒外套の男が、
靴底でじゃりと埃をにじり、ようやくこちらを向いた途端、
のっぺりしていた顔を引きつらせ、祈りのように両手でグリップを掴み締め、
頼みの拳銃を立て続けに撃ち続けたが、一向に手ごたえは出ぬままで。
「ひい。」
余程に甘やかされた戦果しか知らぬか、こんな悪夢は覚えがないか、
芥川の視線が鋭くなっただけで怯んで後じさりを始める彼で。
背条を弓なりに伸ばし、ポケットへ手を入れたままの黒衣の青年なので、
いきなりは何も出来ぬだろうと、一縷の望みにすがっておれば、
「…え?」
やはり構えはなんら変えることなくの、だが、
彼の背から槍のようなロープのようなものが鎌首もたげて伸びたかと思った次の瞬間、
弾丸に匹敵しよう熱い痛みががんがんとその身へくらいつく。
貰った炎と銃弾と、自分は使わないからお返しするとし、
薄着なのが災いして炎を浴びたあちこちへ火傷を負いもしたようだったが、
転がり回ったことで全身への延焼とまでは至らずで。
まかり間違えば芥川の側がそのような惨状となっていたのだ、
自業自得だと…それさえ思わぬか、漆黒の覇者は冷ややかな視線で見下ろすばかり。
刻にして10分も掛からずに平らげられたガーディアンたちだったことへ、
「波動を出せる人を探すついでにそこそこの練達を集めたんだろうけれど、
異能ってのは本当に色々あって、こんな程度じゃあ浅い浅い。」
我々という“たかが地回り”の方が強かったでしょう?と、
やんわり笑う太宰の言いように、何かしら自尊心を傷つけられたか、
「くっ。」
しわの寄った老いた顔、ますますと歪めると、
白衣のポケットへ手を入れつつ管制盤の前から立ち上がる。
「この歳になって新しいことを学ばせてもらえてよかったよ。」
そうといいつつ取り出したのは何かの起爆スイッチらしく。
スティック状のそれの頭頂、1つしかないボタンを押すと、
床の一部がひび割れて、どんどんと解体が始まってゆくではないか。
「高電圧の這うフロアへ落とす気か。」
そうはいくかと、最初に分断したあたりの床へ勢いよく屈みこみ、
こちらも懐から取り出したマイクロボイスレコーダを思わせるスティック状の何か、
楔のように突き立てる太宰であり。
すると、火花が散って崩壊が中途で止まった。
指示信号が伝わる伝達を物理的に絶ったらしく、
『詳しい理屈は知らないよ。
ただ、乱歩さんがこういう時に使えって。』
それでもどこへ突き立てればいいかの的確さは絶妙だったようで、
何処までも至れり尽くせりな周到さなのも、
実戦隊の武力や機転のみならず頼もしい頭脳集団がついてる証し。
ただ、
「…え?」
その太宰が立つ部分のユニットがごそりと落ちたのは予想外。
というか、ここのフロアだけは見取り図も何も資料が手に入らずだったので、
実のところは何につけぶっつけ本番もいいところ。
ほぼはったりだけでいかにも優勢だと見せていただけの話で、
そこだけは寸断が間に合わなかったか、
わあと皆が咄嗟に手や異能を伸ばすも
「あ。」
「わあ、そうだった。」
「ちっ。」
芥川の伸ばした黒獣は触れた途端に消え、
敦の手は虎の異能が消えて却って引き摺られかかる始末で、
中也の放った重力操作も見事に空振り。
「だあ。めんどくせえ奴だな、手前はよっ 」
「中也さん、中也さん。それどころでは。」
道連れは不味いと思ったか、向こうから振りほどかれかけた敦が
なんのと何とか粘って捕まえたままの手。
異能が関係なければ何とかなりそうとあって、
床に頬を押しつぶされそうなほど押し付け、
それでも手は離さぬと頑張っているそんな敦の手を伝い、
体術もこなす力自慢な中也が手を添えて一気に引き上げ。
彼らを背に負い、老学者の前に立ちはだかっていた芥川はというと、
「これ以上の悪あがきは止せ。」
予告もなく放った黒獣で捉えて四肢をまとめ、
そこへと歩み寄った中也が縛り上げ、
自主的な遠距離逃亡を制すべく先程彼が使ったスイッチを口へと咬ませて収容終了。
「そういえば、
一番肝心な衛星への起動になる波動とやらを担当する異能者は何処にいるんだ?」
其奴が別の組織に目を付けられたら大事じゃね?と、
忘れてなんかいませんでした、中原が訊けば、
「さてね。てっきり此処に居ると思ったんだけど。」
やや重い吐息をついた太宰が、
あまりの扱いに憤死寸前か、白目を剥いた老狂科学者を足元に見下ろし、肩をすくめる。
「そうそう何でもかんでも判りはしないよ。」
軍警の捜査に任せようと、言いはしたがいやな予感もなくはないようで。
失わぬよう、反目されぬよう、
波動のパターンだけ入手して本人は…なんてことも考えられるの、敢えて明かさず、
壁をゆるく握った拳でトントンと叩き始めて。
「?」
「どうしたんですか?」
敦の声と、その手が止まったのが重なって。
手の向きを返してやはり拳にした手の人差し指の節でこつんと叩けば、
つるんとしたステンレスか何かのようだったパネルがするすると左右に分かれ、
壁のうちへ組み込まれていた、超巨大演算機能集合体の管制パネル部分が現れる。
「おおお。」
「まだあったんですねぇ。」
もういいですとうんざりしている虎の少年だったのも無理はないが、
ちょいちょいとあちこちいじればキーボードが出て来たので、
「敦くん、さっき降りて来たリフトへのパスナンバー。覚えてる?」
「あ、はい。えっと…。」
入力していたのを見ていた敦がそれをそのまま伝え、太宰が打ち込めば、
きゅいんカチンカチンと、独特で複雑な音を立て、
液晶のパネルが光り始め、スイッチの全てへもLEDの明かりが灯る。
「使い回しはよくないね。」
何だったら今設定代えちゃおうかなんて、恐ろしいことを言う太宰が、
彼の役目はこれだった、起動を封じる設定を打ち込み始める。
メモもなしの適当な入力のように見えるそれだが、
最後のエンターをかちゃりと押せば、
液晶画面へそりゃあ膨大なプログラム画面が次々に映し出されたその片っ端から、
虫食いのようにほろほろと
アルファベットや数字やの羅列がついばまれてゆくのが展開されて…。
「さあ地上へ戻ろうか。」
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